先日5日(水)に、インストラクター(鈴木厚子さん)が担当する読売カルチャー・川越クラスへいきなり内緒で、私と森本さんとで行きました。
ピカケクラス・オヒアレフアクラスの方々には、レッスンをお休みしてしまいごめんなさい。
パウスカートを持ってレッスンする気満々で行きました。
スタジオに入った途端、鈴木厚子さんは驚いてました316302
初めてお会いする方もいて、生徒さんもビックリしていました。492805
踊り始めたら、前に立つ鈴木厚子さんをあまり見ることなく、自分の姿ばかりを鏡で見ているので「もっと上達を目指すのなら、きちんと先生を見ないとダメですよ~」
それと「皆さ~ん、笑わないから恐いよ~」と叫んでいました。
きっと慣れてないからだと思います。
センターの方が写真を撮りにいらしたので皆さんを並ばせてみんなでパチリ。。。
読売カルチャーのホームページに載るそうです。
お休みしていた生徒さん、お会いできず残念でしたー。

ナーレイが20代の前半、タヒチアンダンスをショーに出て踊っていた若かりし頃のお話ですが、はとバスツアーになっていて、その頃は最後にお客様に「♪カ~メハメ カ~メハメハ~」と歌って、カメハメハ大王の踊り「南の島の大王は~」とお客様参加型、そんなカメハメハ大王の豆知識を少しーーー。

日本では、童謡「南の島のカメハメハ大王」のイメージと重なって、どこかのんびりした親しみやすい印象を持っている人が多いかもしれない。
実際のカメハメハは、身長が2m以上もある巨人。
武術、知力ともにすぐれた偉大なるカリスマで、争いごとの絶えなかったハワイの島々を巧妙な政治力を発揮して統一、1810年にハワイ王国の初代国王となった。

彼の政府は、治安維持や官僚の教育にすぐれ、国に役立つ技術を次々に導入した。
ときにはイギリスのジョージ3世に親書を送り、ときには中国に白檀を輸出して国の財源を確保するなど、諸外国とも絶妙な外交を行っていた。
その圧倒的な存在感から、カメハメハの存命中は西欧諸国でさえ手出しができない雰囲気だったという。

そんな英雄には、出生にまつわる伝説がある。
カメハメハは、ハワイ島の酋長の娘とマウイ島の王族との間に誕生したといわれる。
誕生前に「近く生まれる男の子は酋長たちを殺し、全島の支配者になるだろう」と僧侶に予言され、当時の王から命を狙われた。
母は山の洞窟に隠れて出産するものの、誕生後にも王から暗殺命令が下され、母は信頼できる酋長に赤子を預けた。
義父となった酋長は、彼を我が子のように厳しく鍛え上げ、14歳になったときには誰にも負けない筋骨たくましい若者へと成長した。

親を知らずに育った彼は、ほかの貴族の若者たちから「奴隷の子」とからかわれ、自分のプライドを確立するために、伝説の「ナハ石(※)」に挑戦することを決意し、見事に持ち上げてみせたのだった。
(※)ナハ石…聖なる石を持ち上げれば全島の王者になり、失敗すれば死あるのみ。